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英語聖書の歴史

掲載日:2014/11/11

英語聖書の歴史

2012年3月日本聖書協会発行『SOWER(ソア)』No.39より
*文中にご紹介する社名、人名や肩書き、製品やその機能、価格等は当No.発行時のものです。
*なお、写真や図版が加わったソアのバックナンバーPDFは
http://www.bible.or.jp/soc/soc07.html
からダウンロードできます。

日本聖書協会は、全国の教派・教会の皆様の祈りとご支援により、「新共同訳」の次の時代を担う新しい日本語聖書翻訳を進めています。この機会に、日本でも馴染みの深い英語聖書のおもなものの成立、特徴、各訳のつながりについて鳥瞰できるよう、特集いたしました。
−編集部
解説本多峰子
二松學舎大学国際政治経済学部教授

英語訳聖書の始まり

16世紀まで英国人は、自国語に訳された聖書を持たなかった。1380年頃にジョン・ウィクリフとその友人が、ラテン語から訳した最初の英語聖書を出版したが、教会は聖書の自国語への翻訳を禁じてこの聖書は禁書となり、一般には広まらなかった。

1525年にはウィリアム・ティンダルが、自国語の聖書によって一般の人々に布教することを意図して新約の英訳を完成し発行するが、これも禁書となり、ティンダルは旧約の訳が完成する前に処刑されてしまった。

このティンダル訳に欠けた部分をマイルス・カヴァーデイルがラテン語とドイツ語から訳して完成させたカヴァーデイル聖書(1535年)が最初の近代英語訳でもあり、これはヘンリー8世によって認められ、公式に認可された最初の英訳聖書となった。

その後、印刷術の発達などから英訳聖書が流布するようになったが、既存の諸訳の問題点も意識されるようになり、正しい定訳が求められるに至った。そこで、ギリシア語とヘブライ語の原典から新たに訳出されたのがジェームズ王欽定訳である。

ジェームズ王欽定訳

Authorized King James Version(KJV、ジェームズ王欽定訳)は、イングランド王ジェームズ1世の命により、礼拝で用いられる標準聖書として訳出され、1611年に完成した。通常はただAuthorizedVersion(欽定訳)、あるいはKing JamesVersion(ジェームズ王訳)と呼ばれる。

この聖書は基本的には逐語訳でなっているが、意味を通じさせるために補った語もあり、そこは斜体で印刷されている。古い教会用語を保持し、固有名詞もヘブライ語やギリシア語の発音通り訳しなおすよりは、一般的に用いられているものにできる限り近くしてある。

訳に当たっては、新約中の語のおよそ80パーセントがティンダル訳から来ており、ウィリアム・ティンダルの訳業がこの聖書に大きく貢献している。

シェイクスピア時代の英国でなされたこの訳の文体は、美しく格調が高く、英文学史上最高の散文や詩を含むために、現代に至ってもまだ、文学、ことわざなど、英国圏の文化の中に広く影響を保っている。

特にその言語の豊かさと英詩の力強さといった魅力は、朗読するときに最もよく味わえると定評がある。この聖書は、20世紀後半に多数の人々が現代訳を用いるようになるまでは、あらゆる英訳聖書の中で最もよく使われてきた。

現代語訳の始まり

しかしそれでも、19世紀末には新たな訳の必要性が認識されるようになった。そして20世紀には、かつてない数の新訳や改訂がなされ、21世紀に至っている。

新たな訳が求められるようになった理由として、ひとつには、近代の聖書学の発達から、17世紀には分からなかった誤訳が発見されたことがある。そしてまた、多くの単語の意味が現代までに変化しており、書かれた時点での正確な意味が伝わらなくなってしまったこともあった。

たとえば、詩編79編8節「let thytendermerciesspeedily prevent us(御憐れみを速やかに差し向けてください)」のpreventはprae(前に)+venire(来る)を語源とし、17世紀には「先立って行く、会いに来る」などの意味であったが、20世紀には「妨げる」の意味に変わっているため、欽定訳のままだと、「御憐れみで速やかに我々を妨げてください」との意味にとられてしまいかねなくなっていた。

また、欽定訳の古風な美しさ自体が、イエス時代の聖書の意図とは異なると考える人々もいた。新約聖書は、古典的な美しさを意図して書かれたものではなく、当時の人々にとって理解しやすい一般的な言語で書かれたものであり、翻訳聖書もそうあるべきだという意見が出されたのである。

欽定訳の美しさを愛する人々の中には、現代口語訳の必要を認めない声もあったが、聖書の意味を正しく伝える訳を求める声は大きく、時代の主流は現代語訳へと移っていった。

現代訳には、伝統的な「単語対単語」の逐語訳の流れとともに、「意味対意味」の訳をする動的等価訳と呼ばれる翻訳法によるものも現れている。これは、普通の英語らしい慣用表現や文化的・言語的背景を考慮して、内容的に等価の言葉に訳すやり方である。

Revised VersionからEnglishStandardVersionまで

Revised Version(RV、改訂訳)は、KJVをイギリスで大幅に改訂して、1885年に完成したものである(外典が1894年に出版された)。

そして、この改訂作業に参加したアメリカの聖書学者によって1901年に発行されたのがAmerican Standard Version(ASV、アメリカ標準訳)である。この訳は、RV編集においてアメリカの学者の意見が十分に取り入れられなかったという認識と、アメリカでRVの不正確な海賊版が出回ってしまったという、主として2つの必要から生まれた。

その経緯は、この訳が最初The Revised Version,Standard American Edition of the Bible (改訂訳・アメリカ標準版)として出版されたことに表れている。 

RVでは、おもな翻訳ではおそらく初めて、教会の声よりも学問上の原理が優先され、新しく発見された写本(特にシナイ写本とヴァチカン写本)から得られた新しい知識も入れられた。翻訳者たちの原典言語についての知識も17世紀より増し、新約旧約ともに欽定訳より格段に正確になったと評価されている。

1952年に、ASVの全面改訂として、英語での当代最高の学識に基づいて完成出版されたのがRevisedStandard Version(RSV、改訂標準訳)である。RVやASVが、ヘブライ語やギリシア語のひとつの単語に常に同じひとつの英語を当てるようにしていたのに対し、これはより流動的な逐語訳をしている。

さらに約40年後、1989年に出版されたNewRevisedStandardVersion(NRSV、新改訂標準訳)は、RSVの全面改訂で、プロテスタントだけでなくカトリックや正教会がエキュメニカルに翻訳に参加して完成された。

過去50年間の学究的成果を反映し、また差別のない言葉を用いる配慮もなされている。古代のテキストに対する忠実さと、欽定訳の言語的特質に対する敬意を犠牲にせずに、1950年代以降英語に起こった変化にも注意を払ってあり、「できる限り字義通りに、必要な限り自由に」との方針でなされた訳である。

この改訂にもまた新たな改訂が行われ、2001年にはEnglishStandardVersion(ESV、標準英語訳)が出版された。

New king James Version

KJVの最新の改訂版として、RVからESVと異なる流れの訳として、合衆国で1982年に出版されたNew king James Version(NKJV、新ジェームズ王訳)がある。Revised AuthorizedVersion(改訂欽定訳)と呼ばれることもある。

これは、新たな学識による釈義上の改訂ではなく、17世紀の言葉が古くなった現代に、依然として残るジェームズ王訳の愛読者のために、その言葉を現代英語に置き換えたものである。

その他の逐語訳

New InternationalVersion(NIV、新国際訳)は、福音系の教会の幅広い年齢層向けに米国で1978年に出版され、2011年に最新版が発行された。〈国際〉というのは、翻訳者が世界中の英語圏から招聘されたことから来る。彼らのほとんどは福音派であり、訳は保守的であるが、宗派的に偏っているわけではない。

原典のヘブライ語、アラム語、ギリシア語に忠実に、明確で自然で個性が強くない言葉遣いにより、現代的でありかつ一時的なものではない訳になることを方針としてなされている。

一方、カトリックによる原語からの訳としては、1966年のJerusalem Bible(JB、エルサレム聖書)があり、その後、フランス語版エルサレム聖書(1972年)のより新しい学問的知識を参照して全面改訂したのが、1985年に出版されたNew Jerusalem Bible(NJB、新エルサレム聖書)である。

礼拝と学問の両方を目的になされ、各書にすぐれた序文と説明的注がついている。差別語を排除し、パラフレーズ(言い換え)になるのを避けている。

動的等価訳
 −NEBTEVCEV

New English Bible(NEB、新英語聖書)は、KJVから改訂を重ねてきた聖書とは別に、ヘブライ語とギリシア語から新たに訳され、旧新約が1970年に完成した。教派や教義上のバランスを考慮した訳を目指し、英国の主要な諸教派からの聖書学者によって訳された。

文学的有識者の助言も入れ、真に英語的な慣用表現を用い、古風な言葉や流行の現代語を用いず、時代を超えて通用する英語であるように意図された。朗読に堪える気品を持ち、いかにも<神聖な>連想よりは現実感を与える生き生きした表現で訳されている。

そうすることによって、現代的な訳を求める若い人たちや、欽定訳の言葉を古典語のように感じてなじめない人たちのニーズに応える訳となっている。

Today’s English Version(TEV)は、米国聖書協会が聖書協会世界連盟の要請で、現代人に親しみやすい聖書翻訳というニーズに応えて、1976年に完成出版した。伝統的用語にとらわれないことを基本方針としており、Gospel(福音)の代わりにGood Newsを用いている。

新しい動的等価訳の翻訳理論に基づき、翻訳者は、原語と同じくらい読者の言葉にも注意を払い、自然で明確で単純で曖昧さのない言葉を用いて分かりやすく訳出してある。

英国ではGood News Bible(GNB)として出版され、アメリカでも第2版(1992年)はGood News Bible、2001年版からGood News Translation(GNT)と改称されている。パラフレーズではなく、原文に即した<訳>であることを明示するためである。

TEVの流れに従いつつ、ここ20年間の英語の変化をふまえて訳されているのがContemporary English Version(CEV、現代英語訳)である。これは、英語圏の小学生や英語を第二言語とする人々など、幅広い層のための英訳聖書で、1995年に全訳が出版された。

動的等価訳で、原典に忠実に、平易な言葉を用いて訳してある。一般の現代英語に沿って、ヘブライ語やギリシア語のリズムや抑揚は取り去り、経験を積んだ読み手がつかえずに朗読でき、英語力のあまりない人にも理解でき、どのような宗教的・教育的背景の人にでもよく味わえるように留意してある。

性差のない言葉を用い、伝統的な神学的言語や聖書用語、たとえば、「贖い」「贖罪」「義」「聖別」などは避けられている。

将来へ向けて

英訳聖書は、欽定訳(KJV)以来、その時代ごとの礼拝での朗読にふさわしい、格調高く美しい英語で訳され、しかも英語を用いるすべての人に理解できる訳を目指す方向に進んできた。あらゆる言語がそうであるように、英語も常に変化し続けている。

その変化に応じてKJVも改訂を重ねている。内容的にも、19世紀以来の聖書学、翻訳学の進歩、新たに発見された写本からの知識などを取り入れ、また、性差別語に対する配慮など、社会的認識の深まりにも応じて常に改善が図られている。

学問的な注や文化背景についての解説を付すなど、読者のニーズに応える姿勢も強くなっている。教派を超えたエキュメニカルな協力もますます強まっている。

このようにして英語聖書は、金字塔的存在であったKJVの良い部分を保ちつつ、常にその時代の人々の礼拝と信仰生活の中心となる神の言葉の媒介としての働きをしてきた。

このことは、日本語の訳が、明治元訳(1887年)以来、日本語自体の変化や聖書学の進歩とともに、常に原典により近く、主の御言葉の意味をより正しく伝えるべく改訂を続けてきたことや、新共同訳(1987年)においてプロテスタントとカトリックの超教派の協力による聖書を完成した業にも言えることである。

そして今、新共同訳に続く新たな翻訳が始まっている。今後、日本において、かつてのKJVのような、大きな働きをする聖書が生み出されることを期待したい。

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