「文語訳聖書」は、日本で初めて旧新約全てを通して日本語に翻訳された聖書です。翻訳が完成した1887年に出版されました。1917年には新約聖書部分が改訂されています。
文語訳聖書は、旧仮名や旧漢字を含む漢文調の文体を特徴とし、現代の日本語の文章とは表記方法が異なりますが、思わず朗読したくなる詩的なリズムや文学性が魅力で、比較的読みやすい口語訳聖書や新共同訳聖書が普及している今も、根強い人気を集めています。
日本における聖書翻訳の歴史
日本に初めてキリスト教が伝えられたのは、戦国時代であった1549年(天保18年)、宣教師フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸した時のことでした。
ザビエルが日本に滞在した1年間の間に、大勢の日本人が洗礼を受け、信徒となりました。ザビエルらが用いたであろう日本語の聖書は断片的には残っていますが、多くは失われています。やがて長期に渡る厳しいキリシタン弾圧の時代を経て、1874年にヘボン、S.R.ブラウンを中心とする「翻訳委員社中」のメンバーが新約聖書の翻訳をスタートさせました。
新約聖書の翻訳には、五年半の時間が費やされました。ヘブライ語とギリシア語で書かれた聖書の原典を翻訳する作業には、神学的な知識と日本語の知識を必要としました。また、当時の日本語の文章は漢文が主体でしたが、教養のある人にだけではなく、全ての民衆に伝えるための書物として仕上げるため、平仮名やカタカナ混じりのものなど、日本語の表現方法についても試行錯誤が重ねられました。
旧約聖書は、1878年に組織された「聖書常置委員会」によって翻訳が始められました。ヘブライ語とギリシア語で書かれた内容は、英訳聖書、漢訳聖書など様々な種類の聖書を参考に翻訳されたと言われています。
そして、1887年に新約・旧約全ての翻訳が完了し、出版された文語訳聖書は、後年「明治訳」と呼ばれるようになります。1917年に改訂された新約聖書の部分は「大正改訳」と呼ばれ、現在「文語訳聖書」と言えば、明治訳の旧約部分と大正改訳の二つをあわせたものを指します。
文語訳聖書の魅力
第二次世界大戦終結の10年後、現代仮名遣いや当用漢字制定の流れを受け、「口語訳聖書」が完成しました。
口語訳聖書は、漢字を読むことができない子供をはじめ、若い世代にも受け入れられるよう、読みやすい文体に仕上げられました。それでもなお文語訳聖書は、その格調の高さから愛読者が絶えません。
文語訳聖書の魅力は、何と言ってもその日本語の美しさです。言葉に無駄がなく、簡潔でメリハリがあります。口語訳に比べ難しい漢字が続く場合がありますが、ルビが付いているので安心です。ひらがなでは曖昧になる意味が漢字で限定されることも、文語訳聖書の魅力の要因です。〜けり、〜きなどの旧仮名遣いは、読み進めていくうちにすぐ慣れるものです。
文語訳聖書は、日本の文学や思想界に大きな影響を与えたと言われています。特に旧約聖書の詩篇は、日本語ならではの豊かな情緒を深く味わうことができます。